エスケイプ・フロム・イラク(2016年トルコ映画)がとても気に入った。理由は次の5つ。1.フラッシュバック、2.リアル、3.騎兵隊なし、4.七人の侍インスパイア、5.伏線描写。
(本稿はアマゾンに投稿したレビューの転載)
1.フラッシュバックによる深み
最近は一般に、ストーリー展開がスピーディーで刺激的な映画が多い。だがそれだけでは深みがでない。深みがない映画は見終わった後、「確かに面白かった。でも何だか薄っぺらい。」と感じる。
映画で深みを出す技法のひとつが「フラッシュバック」(※)。
※フラッシュバック(Flashback)とは、物語の現在進行形の最中に、過去の出来事やシーンを一時的に挿入する表現手法(回想シーン)のこと。登場人物の記憶や過去の背景を視覚的に伝え、物語に深みを持たせるために使われる。
エスケイプ・フロム・イラク(ザ・マウンテンII)(2016年)は、フラッシュバックが随所に織り込まれたトルコ映画。ザ・マウンテン(邦題;サバイバーズ)(2012年)の続編。ザ・マウンテン同様、フラッシュバックシーンに詩的で物事の核心を突き、琴線に触れるセリフが多い。心を揺さぶられる。
2.リアルなアクション
セリフだけではない。この映画はアクションシーンも細部まで手抜きをしない。例えばチームが散開して交互躍進(※)で村に接近するシーン。隊員の動きはきびきびとしてリアル。
※交互躍進とは、互いに掩護(援護)し合いながら、一方が止まって警戒・射撃を行い、もう一方がその前方に移動するという動作を交互に繰り返して前進する、軍事・戦術の基本動作。
これに対し、有名映画でもチームが散開せず密集隊形で漫然と敵地に近づいたりする。あれでは手りゅう弾一発投げ込まれたら全滅だ。あのようなシーンは製作陣のあからさまな手抜きである。
もちろんこの映画もリアリティからの逸脱(現実にはあり得ない場面)はある。だがエスケイプ・フロム・イラクはドキュメンタリーではない。フィクションである。フィクションである以上、ときにストーリーを優先してリアリティを犠牲にするのはやむを得ない。それは、すべての娯楽映画が直面するフィクションの限界である。この映画はフィクションの限界としてのリアリティ逸脱はあっても、手抜きによるリアリティ逸脱はない。
3.多勢に無勢、騎兵隊なしのクライマックス
たった7人で戦車を含む200名の敵部隊に挑む。これは圧巻。
多勢に無勢の局面、戦争映画の多くは今なお 「騎兵隊の呪縛」から逃れられない。
1939年ジョン・フォード監督、ジョン・ ウェイン主演の名作「駅馬車」。絶体絶命のピンチ。刀折れ矢尽きたその最後の最後の瞬間、突撃ラッパが鳴り響き、騎兵隊がやって来る。別動隊がやって来る 。航空支援がやって来る。だがこのトルコ映画、騎兵隊はやって来ない。最後まで彼らだけで戦う。
フラッシュバックのワンシーン。教官が「100人の敵に10人で勝つには?」と問う。主人公が正鵠を射た答えを述べる。そして7人の特殊部隊員が200名の敵部隊を相手にそれを実戦で示す。
4.七人の侍インスパイア洋画
圧倒的な異形の脅威にさらされた農村をよそから来た少数精鋭チームが助太刀するプロット(設計・構成)。これは紛れもなく黒澤明監督の「七人の侍」(1954年)。
トルコ軍特殊部隊を描いたこの映画は、 日本の「七人の侍」にインスパイアされた(感化された・着想を得た)戦争映画なのだ。
ただ、この映画は、「七人の侍」にはない構図もある。助っ人である少数精鋭チームは、虐殺の脅威にさらされた村にとって、全くの「よそ者」ではない。少数精鋭チームはトルコ人、村人はイラク北部のイラク・トルクメン人(※)。両者はともにオスマン帝国の末裔。言語もルーツも同じ「テュルク系(トルコ系)」の同胞。つまりこの映画は「イラク北部で苦しむトルクメン同胞を、トルコ軍が国境を越えて救いに行く。」という構図でもある。
※イラク北部のイラク・トルクメン人は、イラクから十分な保護を受けられない。中央アジアの国家トルクメニスタンは、イラク・トルクメン人の母国ではない。彼らはいわば国家から切り離され、見捨てられた人々である。ISの脅威に対し、なすすべもない状況にあった。
数ある「 七人の侍」インスパイア洋画のうち、個人的には中世を舞台にしたアントニオ・バンデラス主演アメリカ映画『13ウォーリアーズ』(1999年)が好きだった。今後、エスケイプ・フロム・イラクがそれに加わる。
5.丁寧な心理的伏線描写
ISにより虐殺され、遺棄されたヤズィード派の子供たちの遺体に遭遇する場面。ヤズィード派はクルドの一部であり、トルコとクルドは良好な関係にはない。それでもヤズィード派の子供たちの遺体を目の当たりにしたトルコ特殊部隊員は、衝撃を受ける。
次に、ペシュメルガ兵の生き残りを助ける場面。ペシュメルガはイラク北部のクルド自治区における公式治安部隊。トルコと長年対立しテロ組織にも指定されていたPKK(クルディスタン労働者党)とは別組織であり、トルコとは一定の協力関係にある。トルコ特殊部隊員は敵を掃討後「弾薬を無駄にした」と言いながらも、共通の敵ISと戦ったペシュメルガ兵に共感と敬意を示す。
これら二つの描写は、トルコ特殊部隊員が最終的に国の枠組みを超え、人道的な見地からする決断(「イラク・トルクメン人の村をISから守る」という決断)の伏線となる。












