エスケイプ・フロム・イラク(2016年トルコ映画)がとても気に入った。理由は次の4つ。1.フラッシュバック、2.リアル、3.騎兵隊なし、4.七人の侍インスパイア。
1.フラッシュバックによる深み
最近は一般に、ストーリー展開がスピーディーで刺激的な映画が多い。だがそれだけでは深みがでない。深みがない映画は見終わった後、「確かに面白かった。でも何だか薄っぺらい。」と感じる。
映画で深みを出す技法のひとつが「フラッシュバック」(※)。
※フラッシュバック(Flashback)とは、物語の現在進行形の最中に、過去の出来事やシーンを一時的に挿入する表現手法(回想シーン)のこと。登場人物の記憶や過去の背景を視覚的に伝え、物語に深みを持たせるために使われる。
エスケイプ・フロム・イラク(ザ・マウンテンII)(2016年)は、フラッシュバックが随所に織り込まれたトルコ映画。ザ・マウンテン(邦題;サバイバーズ)(2012年)の続編。ザ・マウンテン同様、フラッシュバックシーンに詩的で物事の核心を突くセリフが多い。心を揺さぶられる。
2.リアルなアクション
セリフだけではない。この映画はアクションシーンも細部まで手抜きをしない。例えばチームが散開して交互躍進(※)で村に接近するシーン。隊員の動きはきびきびとしてリアル。
※交互躍進とは、互いに掩護(援護)し合いながら、一方が止まって警戒・射撃を行い、もう一方がその前方に移動するという動作を交互に繰り返して前進する、軍事・戦術の基本動作。
これに対し、有名映画でもチームが散開せず密集隊形で漫然と敵地に近づいたりする。あれでは手りゅう弾一発投げ込まれたら全滅だ。あのようなシーンは製作陣のあからさまな手抜きである。
もちろんこの映画もリアリティからの逸脱(現実にはあり得ない場面)はある。だがエスケイプ・フロム・イラクはドキュメンタリーではない。フィクションである。フィクションである以上、ときにストーリーを優先してリアリティを犠牲にするのはやむを得ない。それは、すべての娯楽映画が直面するフィクションの限界である。この映画はフィクションの限界としてのリアリティ逸脱はあっても、手抜きによるリアリティ逸脱はない。
3.多勢に無勢、騎兵隊なしのクライマックス
たった7人で戦車を含む200名の敵部隊に挑む。これは圧巻。
多勢に無勢の局面、戦争映画の多くは今なお 「騎兵隊の呪縛」から逃れられない。
1939年ジョン・フォード監督、ジョン・ ウェイン主演の名作「駅馬車」。絶体絶命のピンチ。刀折れ矢尽きたその最後の最後の瞬間、突撃ラッパが鳴り響き、騎兵隊がやって来る。別動隊がやって来る 。航空支援がやって来る。だがこのトルコ映画、騎兵隊はやって来ない。最後まで彼らだけで戦う。
フラッシュバックのワンシーン。教官が「100人の敵に10人で勝つには?」と問う。主人公が正鵠を射た答えを述べる。そして7人の特殊部隊員が200名の敵部隊を相手にそれを実戦で示す。
4.七人の侍インスパイア洋画
圧倒的な異形の脅威にさらされた農村をよそから来た少数精鋭チームが助太刀するプロット(設計・構成)。これは紛れもなく黒澤明監督の「七人の侍」(1954年)。
トルコ軍特殊部隊を描いたこの映画は、 日本の「七人の侍」にインスパイアされた(感化された・着想を得た)戦争映画なのだ。
数ある「 七人の侍」インスパイア洋画のうち、個人的には中世を舞台にしたアントニオ・バンデラス主演アメリカ映画『13ウォーリアーズ』(1999年)が好きだった。今後、エスケイプ・フロム・イラクがそれに加わる。